女神心界録ペルソナ-idea-

前日譚:殺意の親友


 如月愛美(きさらぎ めぐみ)は、相庭隼人(あいば はやと)の異母姉である。
 彼らの父親は昔、いわゆるろくでなしという奴だった。この血縁関係が形成された原因は、そこにあった。
 現在は話し合いが行われた結果、父親は愛美ともう一人の男児を生んだ女性を正妻として、真面目に生活しており、隼人の養育費などもきちんと支払われている。元々、父と愛美らの母、隼人の母は旧くからの知り合いであったため、ある意味この展開は本人たちの間では織り込み済みだったらしい。
 隼人は、そんな大人たちのいい加減さが嫌いだった。隼人は今年で八歳だが、大人たちの関係が不誠実なものであると感じていたのだ。
 だが、異母姉である愛美のことは大好きだった。隼人とは十も年が離れているが、彼女はよく隼人を含めた近所の子供たちの面倒をよく見ていた。
 一緒に遊び、笑い、泣いた。
 そういう事情もあり、隼人はもちろん、子供たちは全員愛美のことが大好きだった。

 その愛美が、死んだ。

 原因は交通事故。公園で遊んでいた時に、ボールを追って飛び出した子供たちを車から庇い、命を落としたということだった。隼人は事故の瞬間、対面する道路でそれを見ていた。
 愛美が庇った子供は、二人いた。一人は、最初にボールを追って飛び出した、子供たちの中の紅一点である女の子。そして二人目は、その子を引き戻すために飛び出した男の子。名前は如月統也(きさらぎ とうや)。愛美の実弟だった。
 隼人と統也は同い年だ。それゆえ、一緒に遊ぶことも多かったが、隼人は統也のことをずっと羨んでいた。当然のことである。大好きな姉を、事実上統也が独占していたからだ。確かに自分と姉は母親が違うが、それでも隼人にとって愛美は、紛れもなく彼の姉だった。だが、愛美にはちゃんと弟がいた。それも同い年の男の子が。

 こいつだけ、ずるい。

 隼人は自然にそう考えるようになったが、愛美の死を受けて、その羨望は煮えたぎる憎悪へと変化した。
 なんでこいつが生き残って、めぐ姉が死ななくちゃいけないんだ。
 一度そう思ってしまったが最後、隼人の心にあった愛美への好意は、統也への殺意で塗り潰されていった。
 そして隼人は、ほどなく殺戮の力を手にする。圧倒的暴力による、絶対の破壊・必殺。それが隼人を形作るものになったのだった。



 「よォ庸介。ヤツらに動きはあったか?」
 ビルの屋上で立ち惚けている岡庸介(おか こうすけ)の肩、隼人がポン、と押す。軽い力で押されたはずだが、庸介の肩にはその何倍もの衝撃が伝わっていた。
 「いったいなー!気を付けてくれよ、お前は力の制御ができてないんだからさ」
 悪い悪い、と明るく笑い飛ばす隼人。彼の力は、まさしく「力」だ。他の追随を許さない暴力を、その身に、いや心に宿している。
 「にしても、退屈だよな。あいつら、折角力を得たっていうのに、溢れ出てきたバケモノを処理してばかりで、面白い動きが全然ねーんだから」
 「仕方ないさ。あっちは二人だけで駒が足りていないんだし」
 「二人だけ?おいおい、アイツがいるだろ」
 「アイツって、統也?統也は二人とは距離を空けてるよ。……嫌でも思い出すだろうからね、めぐ姉のこと」
 庸介の顔が曇る。彼もまた、愛美のことが大好きだった子供の一人だった。そして先ほどから会話の中に出ている二人も、同じく愛美と一緒に遊んでいた子供たちのことだ。
 「ンだよそりゃあ……。テメェのせいで殺しておいて、忘れたいですってかぁ?腰抜け腑抜けのクソ虫だな、アイツは」
 隼人の中では、統也が愛美を殺したことになっていることに、庸介は何も言わない。あれは事故だった、と訂正することも、同意もしない。ただ、十年近くもの間溜め込んだ怒りと憎しみが、隼人の認識を歪めていると解釈するのみだ。
 「まあ、いい。アイツはいつかオレが確実に殺す。ってなワケで、なんかあったらすぐ言えよ?」
 「ああ、分かってるよ」
 庸介はただ、隼人の親友として自分の力を貸しているに過ぎない。それを表すように、親友だからね、と庸介は小さく口にした。
 隼人が歪んだ事実をもとに、殺人を犯そうとしていることは重々承知していた。だが、庸介は決して隼人を止めようとはしない。止めても無駄だとわかっていたし、何より、自分の力では止めようもない。庸介は、無駄骨を折ることを何よりも嫌っていた。
 「それにしても、便利なモンだよな、お前のその力」
 隼人が指摘した庸介の力とは、平たく言えば、『あらゆるものを分析する力』だ。この力によって、庸介は定期的に統也たちのような『力を持つものたち』を監視していた。それが庸介の役割だった。
 「まあ、戦う力は皆無なんだけどね。でもその代わりに、大体のものは何でも『見れる』よ。女子更衣室とか」
 「なっ……マジかよ!?」
 「マージーでー。スリーサイズとか身体中の黒子の数も、分析すりゃ一発」
 「うっわ……」
 「隼人の脳筋な『グラシャラボラス』とは違うのだよ、僕の『スラオシャ』はね」
 『力の名』を、口にする。神々や悪魔の名を冠したその力の総称は、『ペルソナ』。

 これは、少年少女たちが己の真実へと挑む戦いが始まる、少し前の話。